傘の唄──あるいは国民的歴史学運動の情念について
黒羽清隆〔きよたか〕という歴史学者。
彼は東京教育大学の学生時代、和歌森太郎と家永三郎という二人の碩学の、その愛弟子であった。
惜しくも53歳で病で逝ってしまったが、傑出した日本近代思想史家として少なからぬ著作を残した。
その歴史叙述には、詩魂が持ち込まれていて忘れ難い。
黒羽清隆さんは詩作もしていて、心に残る名詩がある。
傘の唄──あるいは国民的歴史学運動の情念について
降りしぶく街にでるとき
君たちむすめら
あかるい傘をさしてゆけ
男たちは
つめたい黒い傘をさしてあるき
それが雨の日の街を憂鬱に思わせる
君たち
あふれ咲く花花の傘をさして
きりりと
鋭角的に
君たちのからだは
いつも
いっぱいの憂いと気遣いにみちていようが
しかも瞳は高きをみあげ あかるい傘をくるくるとまわしてゆけ
そのとき われら若者は
鋭い眼ざしではるかな時間をみつめはじめ
やがて
いっぱいにさすであろう日射しのためによろこびの歌歌を準備する
降りしぶく街にでるとき
君たちむすめら
あかるい傘をさしてゆけ
あじさいの花
くちなしの花
タンポポの花
つゆくさの花
暗いおもい傘ばかりの群のなかを花の匂いがする傘をさしてゆけ
君たち
そしてそののびやかにはやい足どりで
黒い傘をさしてあるかねばならぬ男たちの渇いた胸に
熱いランプをともしてやれ
『黒羽清隆詩集 いまはけものたちのねむりのとき』(日日授業実演会刊行)より